マチュピチュ遺跡の発見と真実

彼は、ビンガムの少し後、リサラガが進んだルートでマチュピチュを訪れた最初のペルー人の一人だった。ペルー人歴史学者マリアナ・モウルド・デ・ペアセは、ビンガム自身、そのクスコの農場主がインカの要塞を訪れた最初の人間であったことを認めていたと主張した。
モウルドは、その証言がビンガムの3番目の息子アルフレッドM・ビンガムが書いたビンガム伝『ある探検家の肖像:マチュピチュ発見者ハイラム・ビンガム』に書いてあると指摘する。
それによると、アルフレッドM・ビンガムは父親の手帳に、「アグスティン・リサラガがマチュピチュの発見者であり、サンミゲル村に住んでいる」というメモを見つけたということである。

更に、その要塞の3つの窓(las Tres Ventanas)の寺院の壁に「1902年7月14日、リサラガ」と炭で書かれていたと指摘した。

マチュピチュ遺跡の発見①
マチュピチュ遺跡の発見と証言
マチュピチュ遺跡の発見と真実
マチュピチュ遺跡の発見と探検