モウルドは、リサラガが最初の旅行の何年も後、1902年の探検と同じコースでマチュピチュに戻ろうとしたと付け加えた。
それは雨期だった。
リサラガがマチュピチュの頂上まで登ろうとウルンバ川を渡ろうとした時、濁水が彼を押し流し、その後二度と彼の姿を見ることは出来なかった。
アルフレッドM・ビンガムは、父ビンガムの本『インカの失われた都市』の中でリサルガに対する記述がすべて削除されていると指摘した。父よりも前にそこを訪れた人間がいたという証拠は他にもある。それは父親が撮った写真で、それを見れば、要塞の大部分が父親が言ったような"何世紀もの草木"に覆われてはいなかったことがわかると付け加えた。